花だより

葉桜や

小唄解説~木村菊太郎著より~

葉桜や 月は木の間をちらちらと
叩く水鶏(くいな)に誘われて
ささやく声や 笘(とま)の船

向島の水神で、美妓を侍らせながら初夏の宵を楽しんでいると、水辺の茂みから緋水鶏のカタカタカタと、雨戸を叩くように高く鳴く声がするので、つと障子をあけると、向島の土手はすでに葉桜、その間から月の光がちらちらと見え、土手の下あたりで男女のささやく声が聞こえる。おそらくは笘の船に腰を下ろし、隅田川の対岸の灯を眺めながら、恋をささやく若い男女であろう。
「葉桜」とは桜の花の散った後に、みずみずしく萌え始める桜の若葉で、花とはまた別の美しさで、古来詩歌に歌われた。
「水鶏」という鳥は余程静かな時でなければ鳴かない。まして人の気配などしたら絶対に鳴かない。
提灯を消せと御意ある水鶏かな
これは幕末の大通津藤香以(つどうこうい)の俳句で、初夏の夜風に吹かれながら、吉原土手を供に提灯を持たせてぶらぶら行くうちに、たまさか水鶏の鳴き声を聞き、
「おぉ水鶏が鳴いてるぜ、提灯の灯を消しな」と言っている情景を詠んだものである。
明治中期に作られた江戸小唄である。

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