折りよくも
折りよくも 寝ぬ夜すがらや時鳥
雨戸にさっと降りかかる
誰やら門に訪れの
顔に照りそう初蛍
明治中期に作られた江戸小唄である。
時鳥(ほととぎす)の初音を聞き漏らさぬ様にと夜通し起きている風習は、平安朝の昔から伝承された日本人の生活であった。時鳥は初夏の頃南方から渡来して、高原の林に住み、晩秋までいて南方に渡る。明治の頃は山に入る途中、東京の区内でも随所にその声を聞く事が出来た。大抵、夜鳴き渡るので、人の耳にとまり難かったので、時鳥の声を聞こうと、文人俳人はもとよりのこと一般の人も時鳥熱にうかされて、夜を徹したものであった。
この小唄の主人公の女も、その夜時鳥の声を聞こうと夜通し寝ないでいた所が、時鳥のおかげで、寝なかった門へ丁度具合よく(折りよくも)、恋しい男が訪れてきた。
というのが「折りよくも寝ぬ夜すがらや時鳥」である。
「夜すがら」は夜もすがらと同じで夜通し。
「雨戸にさっと降りかかる」は一中節で、五月雨がさっと雨戸を濡らして通り過ぎた後。
「誰やら門に訪れの」は、門の戸を叩く音がするので、この夜更けに誰が訪れてきたのであろうかと出てみると、明暮恋しい男の顔。
「顔に照りそう初蛍」は、思わず真っ赤になった顔を、憎や初蛍の光で照らし出されてしまったという女心を唄ったもの。